2018年7月20日金曜日

スイカの収穫 ( I like watermelons. )

7月1日に「最近は雨ばかり降っているので、スイカの受粉が心配で人工授粉をしてあげている」という内容のブログをアップした。梅雨も明け、贅沢にも「雨が降ってくれないかな?」などと罰当たりなことを考えたりしている。
スイカを収穫するときは、基本的には「ピンポン玉程度になってから30日程度経過すること。」またスイカを叩いて、低い音がする方が熟していて収穫に適期であるとも言われている。中身が見えないだけに、スイカを収穫するときは迷う。
カラスがスイカを割って食べたりすることがあるのだが、ヤツラは間違うことなく熟している実を的確に見付けて割るのだ。(口惜しい!!!!)
さて上の写真は今年のスイカ第一号。甘くて美味しかった!!!

2018年7月18日水曜日

ナスの収穫時期  ( Memories of summer (eggplant) ) 

夏が来れば思い出す♫(^^♪はるかな尾瀬、とおい空(^^♪霧の中にうかびくるやさしいかげ野の小径・・・・・有名な童謡であるが、私には「ナスを見れば思い出す(^^♪」思い出があるのだ。

畑を借りて農家の真似事をし始めた頃のこと。ナスが枝に出来たのだが、収穫をして良いのかどうか分からない・・・・ナスはどうなったら収穫をするのか??切って良いのかな??まだかな??と困っていたある日。車を運転していたら農家の人が畑仕事をしているのを見つけたので急いで車を止めて畑に急ぎ、挨拶をした。そしておもむろに・・・・・「あの~ナスはどうなったら収穫をすればいいのですか??」と聞くと、そのお爺さんは「おめ~、俺になんて聞いたらダメだよ。今すぐスーパーに行くさ。」「スーパーに行ってな、ナスが並んでいたら大きさを見てさ、スーパーに並んでいるナスと同じくらいの大きさになったら切っていいんだよ。」と言いながら、いたずらっ子のようにニヤリと笑ったのだった。私はその時のお爺さんの少年のような笑顔を今でも思い出すことが出来るのだ。
今日もナスを収穫した。私の栽培しているナスは「庄屋大長ナス」という品種で、長くて大きいナスだ。大きくて長くてみるくて美味しい!!!!

2018年7月15日日曜日

團十郎アサガオ ( Flower of morning glory bloomed. ) 

今まで、何度か「団十郎アサガオ」のことをブログにアップしてきた。数年前に「団十郎アサガオ」という種類のアサガオが高価で取引されていることや、なかなか手に入らないことを知って、色々な方法を試してみたのだが・・・うまくいかなかった。また偽物も多い事もネットで知った。そして今年ようやく手に入れて種を蒔くことが出来たのだった。そして・・・・・・・!!!!いよいよ!!!とうとう第一号の花が咲いたのだ!!!

渋い!!!何とも言えないような色合いだ。「いよ!!!成田屋。」と掛け声を入れたくなる。まだ一つしか咲いていないのだが、つるが伸びやすいようにネットも張った。たくさんの花が咲いている様子をブログにアップしたいものだ。

2018年7月14日土曜日

ブラックベリー ( I make fruit wine. )

ブラックベリーが熟してきた。このブラックベリーは、この春急死してしまったKさんが苗をくださったのだった。去年の秋には剪定までしてくれて、この春、枝を延ばし花を咲かせ、実を付けてくれたのだった。(写真上)

暑くなってきて、実が赤色から黒色に変化してきたので収穫をした。ブランデーに漬けてブラックベリーの果実酒を作ろうと思っている。

2018年7月13日金曜日

メダカの卵 ( I am very busy now . )

めだかが産卵のピークだ。メダカのタマゴを取るのには昔は水草を浮かべて、水草に産ませていたものだが、この方法だと水草に紛れて貝が水槽に入り、繁殖してしまい困ったことが多かった。
そこで最近は毛糸を使って水草みたいなものを作ってメダカの水槽に浮かべる人が多かった。今でもこの方法で卵を採集している人も多い。
しかし今年はスポンジで作った産卵床がブームで、私もネットで作り方を見て真似をして作っている。(写真)

メダカは水草(あるいは水草に代わるものに)にタマゴを産みつけるというのではなく、泳いでいると水草に卵が引っかかってしまう・・・・というのが正しいようだ。(水槽の水替えをすると水槽の底に産み落とされた卵が大量に残っていることも多い。

7月に入り、産卵もピークとなって丁度産卵床の黒い部分が子持ち昆布みたいなる位たくさんのタマゴを産んでくれる。卵を別容器に入れたり、孵ったメダカをまた別の容器に移したり・・・・とても忙しい!!

2018年7月10日火曜日

ヒマワリプロジェクト ( Sunflower bloomed. )

去年の12月のブログに新聞の片隅で見つけた記事で、京都に住んでいた東陽大(あずまはると)君(当時4歳の男の子)が交通事故で亡くなり、この交通事故の発生場所を管轄する警察署に勤務していた警察官が遺族宅を訪れた時、庭に咲いていた大きなひまわりが、陽大が事故に遭う前、幼稚園で育てていたひまわりの種を自宅に持ち帰ってきていたもので、来年は一緒に植えようねと話していたものを遺族が育てていることを知り、交通死亡事故根絶の願いを込めて、京都府内の警察署、幼稚園、保育園、小中高校、指定自動車教習所、各地域等で大輪の花を咲かせる運動になったことをアップした。そして記事を読んですぐに、京都府警察本部に電話をさせていただき、種を送っていただいた。

そして5月に播いた種が発芽したことをブログにアップした。

そして今朝、花を咲かせた。我が家前の道は通学路になっているので、通学の様子を写真を撮った。京都の警察署にもこの写真を送ろうと思っている。

2018年7月8日日曜日

50年に一度の大雨 ( Once in fifty years )

西日本、特に広島や岡山、島根京都などに豪雨によって大きな被害が出ている。映像で見る限り本当に大きな被害が出ているようだ。
 
ところで最近「50年に一度の大雨」という言葉を耳にすることが増えた。50年に一度というと、大きな被害がいつ出てもおかしくない大雨を予想することになるのだが、そういうような大雨は最近になって増えているのだろうか?
 
以前に指摘したように、天気予報の世界では「空振り三振はいいが見逃し三振はいけない!!」という風土があり、予報を信じた人が、雨予想を信じて傘を用意しても、実際に晴れたら「あ晴れた、儲け!!!」位で済むが、晴れ予想を信じて雨だと「傘がない!!!予報が外れた!!」と大きな問題になってしまう・・・・・そこで迷ったら雨予想をしておいた方が安全(空振り三振)だ・・・・と言うことのようだ。さて今回の「50年に一度の・・・・」とか「未だかつて経験したことないような」と言う様な表現はどう考えたらいいのだろう??気象庁のホームページなどをネット検索してみた。
 
「50年に一度の大雨」という言葉が広く流れるようになったのは、2013年に特別警報が運用開始されるにあたり、その発表基準を気象庁が算出して以降なのだそうだ。ここ数年で出回るようになった言葉なので、「50年に一度の大雨が増えた」と感じてしまうのだ。
 
50年に一度というのは「その地域で」という意味で、全国で観測点や基準点が多ければ多いほど、どこかで「50年に一度の大雨」は降りやすくなるというわけだ。気象庁は、全国を5km四方に区切った地域ごとに、「50年に一度の大雨」の基準を算出しているのだそうで、その数全国で約14000箇所。それだけの数があれば、基準を超えることも珍しくなくなる。だから各メディア等で「50年に一度の・・・」というような情報が流れる回数が増えることになる。
 
だからと言って、「またかよ!!」と言って情報を聞き流すのも危険で、短時間の豪雨(ゲリラ豪雨)は、年々少しずつ増えているという観測結果があるのだそうだ。「50年に一度の大雨」を「またか」と感じることなく、その地域が大変な状況になっていると想像でき、近隣の情報である場合は、危険な状況が迫っていると認識できることが大切になってくる。と・・・・・最後は何か気象庁の予報官の模範解答みたいになってしまった。