2016年8月16日火曜日

冬瓜だったよ!! ( Finally I found the answer. )

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人の記憶って・・・不思議なものだ。

今年の春、畑に自然に生えてきた苗を見て何の苗だろう??と首をかしげていた。去年畑で栽培した物が秋に種を落として、この春に芽生えたと考えるのが自然だし、葉の形や色などから「キュウリ」か「白ウリ」かな・・・?と思っていた。

畑を貸してくれているお爺さんに見て貰ったら「俺りゃ・・・冬瓜だと思うな~。」と言って、「とりあえず畑の隅の方にでも植えておいてみりゃいいだろう。」と言ってくれた。
言われたとおりに植えておいたのだが、ようやく成り花が咲いて実が付き、「冬瓜」だという事が分かった。お爺さんの推理が当たったのだった。
その答えが分かった時に、そういえば・・・・と記憶がよみがえった来たのだ。(人の記憶って不思議だ!!)
去年、知り合いの人から冬瓜をいただいて、調理した時に出た種を「来年芽が出るかもしれない。」と言って、畑にばら撒いたのだった。その時のことを思い出したのだ。

冬瓜は夏野菜なのに「冬瓜」と名前の中に「冬」が入る。冬になっても食べることが出来るほど長持ちをする野菜なのだそうだ。

ついでに・・・・・数年前に畑のお爺さんは、畑に自然に生えた冬瓜を「水も肥料も世話もしないで育つかどうか実験をしてみる。」と宣言して栽培し、冬瓜を収穫した。冬瓜は全く強い植物でもあるのだ。

2016年8月12日金曜日

スイカの収穫 (I like watermelon. )

スイカを収穫するのは難しい。まず、広さの割に収穫が少ないことがあるから・・・・、栽培するかどうかを迷うのだ。一本の苗木から5~6個のスイカを収穫できることもあるし、2個くらいしか取れないこともある。
また、収穫が近づくと、どうして熟しているのか見分けることができるのか、カラスが収穫間近のスイカを突いてしまうのだ。スイカが熟していると、カラスがちょっと突いただけで、スイカが爆ぜて(はぜて)しまうのだ。写真はカラスに食べられないよう厳重にかごをかぶせてある様子だ。

ネットで調べたり、農家の人に聞いたりすると、「収穫は受粉してから30日くらい経った頃にすれば良い。」とか「ツルが枯れてきたら・・・・。」とか「スイカの実の尻の部分が。」とか「叩いて軽い音はまだ熟してなく、重い音は熟しすぎの音だ。」とか、色々なことを教えてくれるのだが、なかなか難しい。
でも、今年は当たり年みたいで、全部で10個くらい収穫できそうだ。

2016年8月11日木曜日

山の日 ( It is the "mountain Day" today. )

今日は新しい祝日「山の日」だ。国会で野党も含めて全会一致で可決、成立する法案は「祝日法案」と「議員歳費の法案」だけらしい。国会議員の(自分たちの給料の値上げと休みの日を増やす法案は野党も与党も無いんだね。)情けないこと・・・・。

さて、山を部首にした漢字は人生を思い出させる漢字が多いのだという。「嵐」「崖」「峠」「岐路」どの漢字にも人生の旅路に出会う場面だ。
     
中学校(高校だったかも・・・・)で学習した「峠」の詩を思い出した。

「峠」             真壁仁
 
峠は決定をしいるところだ。 峠には訣別のためのあかるい憂愁が流れている。
峠路をのぼりつめたものは のしかかってくる天碧に身をさらし
やがてそれを背にする。  風景はそこで綴じあっているが
ひとつを失うことなしに 別個の風景にはいってゆけない。
大きな喪失にたえてのみ あたらしい世界がひらける。
峠にたつとき すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。

みちはこたえない。 みちはかぎりなくさそうばかりだ。
峠のうえの空はあこがれのようにあまい。
たとえ行手がきまっていても  ひとはそこで  ひとつの世界に別れねばならぬ。
そのおもいをうずめるため たびびとはゆっくり小便をしたり
摘みくさをしたり たばこをくゆらしたりして
見えるかぎりの風景を眼におさめる。

2016年8月8日月曜日

小判草 ( It's just like a Japanese gold coin. )

時々顔を出す「和菓子屋」の花壇に去年の秋「小判草」が雑草のように生えていた。(この小判草は園芸種だけど、たねがこぼれて増える。だから時々道路わきに群生していることもある。)

店主に「花壇の小判草すごいじゃないですか!!!お金が貯まったんじゃない??」と軽口を叩き、実を分かてほしいというと・・・・・、「あんなもん!!!いくらでも持って行ってくれ。」とのこと。いただいた実を、今年の春に植えたら発芽して、最近になって実をつけだした。

ちょっと小判のようにも見える。本物の小判だったらな!!!

2016年8月5日金曜日

リオデジャネイロオリンピック ( Olympic Games soon begin. )

リオデジャネイロオリンピックがもうすぐ始まる。暑い夏がスタートだ。日本の選手が活躍するのも楽しみだけど、アスリートが見せてくれる究極の美も楽しみだ。
さて、約一か月前に私の中学校時代の同級会があったのだが、通信社で活躍したĪ君が自己紹介でこんな話をしてくれた。

「私は通信の関係の仕事を長い間してきました。仕事の後半は海外、特に中南米の仕事が多くて、オリンピックで話題のブラジルにも長い間行っていました。リオも治安が悪くて本当に怖いです。ただ奴ら(強盗のことです。)は命が欲しいわけではなく、お金が欲しいだけなので、常に胸ポケット(内ポケットはダメ!!)に現金を入れておき「ここ!!!ここ!!」と指をさして現金のありかを教えたら大丈夫です。間違ってポケットに手を入れると反撃用の武器を出すと勘違いされて殺されます。同じようにブレスレットや腕時計なども狙われるので、車からブレスレットや腕時計をした腕を出していたら、腕を切断されてしまいます。・・・・」なんて話をしてくれた。日本選手団とともに、応援に行く人たちの安全も心配だ。

2016年8月3日水曜日

ささげ( The Japanese make the rice with red beans. )

「ささげ」と言ってもしらない人のほうが多いのではないだろうか??私も一昨年までは知らなかった。

以前、家人の母親が「16豆」というお豆作っていて、いただいたこともあった。「16豆」というのは読んで字の如く「鞘に16個の豆が入っている」長~い豆の種類だ。この豆を収穫しないでずっと置いておくと、中の豆が熟して赤くなり「小豆」とそっくりな豆になる。その豆のことを「ささげ」というのだ。

関東地方では、祝い事で赤飯を炊く時には「小豆」を使わずに「ささげ」を使うしきたりがあるらしい。ささげは、語源が・・・「神様に・奉げ・る物」の意味があり、「小豆」は煮ると、豆の胴体部分中央で割け、腹が割れることから、切腹を連想することを忌み嫌い、祝い事のお赤飯には使用しないのが通例になっているらしい。
 食べてみると、よく似た感じだけど「小豆」の方が軟らかい感じがする。

先日、ある店で「ささげ」を使っています!!」と注意書きをした「赤飯」が売られていたので「私は畑で作っていますよ。」と声を掛けたら「国産の『ささげ』はそれはもう値段が高くて・・・。」と店主が言っていた。すごく得した気分で嬉しくなった。
今年も今までに1合の半分位収穫できた。

2016年8月1日月曜日

せみ ( Cicada net ) 

8月になった。夏だ。真夏だ!!!私にとっての夏は何といってもセミ(蝉)なのだ。(ちなみに春はモンシロチョウ、秋はコウロギ、冬は・・・・・難しいけどミノムシ。)

昨年、木にとまっているセミに捕まえたセミを近づけても逃げないことを発見した。セミは、縄張りを主張するみたいで逃げるどころか近寄ってくることも観察することが出来た。今年はセミ用の「たも」を購入して蝉取りをしている。
このセミ用のたもは、昔は駄菓子屋に置いてあって、確か・・・・10円前後で売られていたのだが、大体駄菓子屋がなくなってしまい、駄菓子屋らしきものがあっても、お菓子だけでメンコとかビー玉とか風船とか・・・・遊び道具は売られていない。

私は以前、Bさんに教えてもらって、釣り道具屋で「えびだも」という品名で「せみだも」を買うことが出来た。(本来はエビを捕まえるためのたもであり、セミを捕まえるためのタモではないのだが・・・。)、

セミと言うと
「閑さや岩にしみ入る蝉の声(しずかさや いわにしみいる せみのこえ)」が思い出される。

松尾芭蕉が詠んだ句で「奥の細道」に収録されている。教科書に繰り返し載せられているから、ほとんどの日本人は知っているはずだ。

高校生と時だと記憶しているのだが、確か古典のU先生が
この句に詠われているセミについてアブラゼミであるという人と、ニイニイゼミであるという人が論争して、結局当時の(松尾芭蕉が旅した日時に)お寺には、アブラゼミはまだいないことを科学的に証明してこの論争は終止符をうった。今では岩にしみいるセミの鳴き声は「ニイニイゼミ」であると言われている。・・・・・といったようなことを説明してくれたように思う。古典なんて大嫌いでテストではずいぶん苦労したけどこんなつまらないことはよく覚えている。不思議だ。