2014年6月28日土曜日

我が輩は猫である ( Problem of education )

夏目漱石著「我が輩は猫である」に登場する猫のご主人は中学校の英語の先生である。猫は家で居眠りばかりしているご主人を見て「教師というのは実に楽なものだ。人間と生まれたら教師になるに限る。こんなに寝てばかりいて勤まるものなら猫にだって出来ぬ事はない。」と揶揄している。が・・・・・経済協力開発機構(OECD)が、日本を含む34カ国・地域の中学校教諭の勤務状況に関する調査結果をしたところ、1週間当たりの勤務時間は日本が53・9時間と最長で、授業以外にも部活動や事務作業に長い時間を使っていたことが分かったと報道にあった。「吾輩は猫である」に登場する名無しの猫が生きていたらどんなコメントを聞かせてくれるのだろう??

教員の働き過ぎや閉塞感をなくすには、教育界のシステムを変える必要があることは充分に認めつつ、あえて批判を覚悟で言っておきたいことがある。
それは、どんなにシステムを改革をしても、必要かつ十分は解決にはならず、一番必要なことは教員の意識を変えることだ。

多くの教員や保護者は「遅くまで仕事をしている教員を『仕事に熱心な教員』だと評価している。ここが変わらない限りは何も前には進まないと思っている。人間は哀しいかな、人の評価を気にしながら行動するもにだから・・・・。
遅くまで仕事をしている教員は「熱心」なのではなく「仕事が遅い」のだ。と教員に向かって宣言できるような勇気のある校長先生が現れないかな??・・・とまぁ言いたいことを言って・・・・・「だから私は嫌われる。」(笑)



2014年6月27日金曜日

鵜飼い   ( Is it true ? )

今日、車を運転していたらカラスが舞い降りてきた。と思ったらどうも姿がカラスではないみたいだ。河に降りて浮かんでいるその姿は将に「鵜」であった。鵜飼いの「鵜」である。


あれ・・・・「鵜だ~」と思いながら、中学校時代の先生の話を思い出した。話をしてくださったのは受け持ちだったK先生。
こんな話であったと思う。(なぜホームルームの時間に鵜飼いの話になったのかは思い出せないのだが・・・・。)

鵜飼いの鵜匠が一番苦労するのは、鵜の喉に巻く紐の加減で、鵜の喉には紐が巻かれているから、ある大きさ以上のアユは完全に飲み込むことができなくなっており、それ以下の小さな鮎を飲み込むことができるようにしてある。
鵜匠はその大きな鮎を吐き出させて漁獲とするのだが、紐の巻き加減が緩いと大きな鮎も飲み込んでしまって漁獲とはならない上に、お腹が一杯になるとやる気をなくし鮎を追いかけなくなる。そうかといって、鵜の喉にきつく紐をまいて漁をしていると鵜は全くお腹に入ってこないからやる気をなくしてしまう。そんな話であった。いつまで経ってもやる気を見せないクラスの子どもたちにこんな話をしたのだったのかな??それにこの話本当なのかな??

2014年6月25日水曜日

科学の言語 ( Language of science )

スタップ細胞騒動が起きてから                         
「スタップ細胞はあるんですか?無いんですか?」と言う何とも俗っぽい問いと、「無いと言うことは証明できません。」という禅問答のような答えの応酬を何度聞かされてきたのだろう。

先日の山梨大学若山教授の記者会見でも、あれだけ遺伝子の違いを指摘しながらも「スタップ細胞が無いと言うことは証明できない。」と教授自身が言っていた。

科学の言葉(常識)と社会の言葉(常識)は違うんだなとの思いが私をイライラさせている。
社会一般の言葉で「スタップ細胞はあるのか、無いのか?」と聞いているのに、科学の言語で答えているのだ。
しかし一般社会では、あることを証明して見せなければ(有るのかもしれないけれど)「ない」と思われても仕方がないというのが常識ではないだろうか。
オフレコだったり、仲間内でしゃべったことに案外真実が隠されているような気がする。本当か嘘かは知らないが「兎に角、小保方さんが『ごめんなさい』を言わない限りスタップ細胞がないとは言えないんだよ」という仲間内の言葉が有ったように聞いている。

閑話休題。サッカーは惨敗だったよね。大体最低でも予選突破出来るなんて言っていたマスコミに日本中が踊らされていたんだね。

2014年6月23日月曜日

ホタル観賞 ( I saw a firefly. )

娘の嫁ぎ先の義父に「ホタルを見にいらっしゃいませんか?」と、今年も湯河原の「ホタルの宴」に招待された。美味しい料理とお酒、孫の顔まで見れるので毎年とても楽しみにしている。

公園の真ん中に川が走っている「万葉公園」がその舞台であるが、通路がライトアップされていて、歩きながらホタルを鑑賞する人の安全を確保しているようだ。しかし、ライトアップされているのは安全確保だけがその理由でなく、ライトアップされている通路側には、ホタルが飛んでくることがなく、静かに秩序ある鑑賞に役立っているように思えた。(ホタルは、暗い所が好きなようで、決して通路には飛んだ来なかった。

さて、今年はあまり「万葉公園」でホタルを見ることが出来ずに帰ろうとすると、「ホタルの宴」の会場でない川にたくさんのホタルが飛んでいるのだった。帰りに寄った土産物屋の女将さんが「そりゃそうよ、ホタルにだって羽があるもの、好きな所にとんでいくわよね。」だって、大笑いしました。

2014年6月22日日曜日

何の卵なの ( I found the egg of blue color. )

今朝、毎日の日課通りに、朝新聞を新聞受けに取りに行ったら、駐車場に置いてある車のタイヤの所に卵の殻が落ちていた。
青というか瑠璃色のきれいな卵だ。私は野鳥にあまり興味がなくて、鳥を見ても種類がわからないくらいだから勿論、卵を見たって何の鳥の卵か分かるわけがないのだ。なんて自慢できることではないけど・・・。

先程からネットでいろいろ検索してようやく、この卵は「ムクドリ」の卵であることが分かった。分かったら・・・・・・・、ムクドリの卵がなぜ駐車場に落ちていたのかが疑問となって、そっちの方が気になって仕方がない。がこれはネットで調べても答えは見つかりそうもないな~。

2014年6月19日木曜日

テレビ観戦 ( The town was almost like a ghost town. )

今朝の朝刊に「日本×コートジボワール戦  車の通行量減」という記事が載っていた。国土交通省の静岡国道事務所が国道1号線について、県内の5地点で1時間に通行した車の数を調べたら、サッカーの試合がテレビ中継された時間は車の通行量が2割程度減っていたことが分かったというのだ。

車に乗らずに自宅でテレビ観戦をしていた人が多かったと言うことなのだろう。
へぇ~と思いながら、私は今から40年近く前の事を思い出した。その年の夏の甲子園。
静岡県の代表校は「名門  静岡高校」この年の静岡高校は、後にプロ野球に進んだ選手が3人もいるほど充実した戦力で、決勝戦まで登りつめていた。決勝の相手はこちらも名門「広島商業」であった。(ちなみにこの大会に、作新学院の怪物江川卓が登場していた。ちなみに江川擁する作新学院は、銚子商業に延長12回押し出しサヨナラ四球で敗れた。)その決勝戦のテレビ中継の時間、私は用事で長谷通りをバイクで通りかかったのだが(長谷通りは静岡高校のある商店街)全く車も人もいないのだ。本当にゴーストタウンのようになっていたことを昨日のように思い出すことができる。あんな光景は見たことがなかった。

ギリシャ戦はなんとか勝ってほしいね。最終戦になると上位2国は計算をして戦うだろうから・・・。

2014年6月17日火曜日

共生関係 ( Let's live in together. )

春先と言ってもまだ寒かった頃から本当に長い間咲き続けてくれたスイートピーの花が枯れてきたので処分した。枝を切っているとアブラムシが一杯たかっていた。よく見ると蟻がアブラムシの間を行ったり来たりしている。

(赤い矢印の先が蟻である。)

蟻とアブラムシ、中・高校生の頃に生物の授業時間に「寄生・共生」という学習をしたときに例として教えてもらったように思う。

共生というのは、2種類の生物が互いに利益を交換しあって生活することを意味する。つまり
アリは、アブラムシの腹部の先端から出る甘い排泄物を餌にし、アブラムシはアリに排泄物の掃除をしてもらい、また、さまざまな敵から守ってもらうという訳だ。

これに対して「片方の生物は利益を得るが、もう片方の生物は利益を得ることがない関係」を寄生という。動物の消化器などに寄生する寄生虫などはその典型である。
私が幼少の頃には、寄生虫の検査のために「検便」といって、便をとって検査をしていた。朝、学校に提出するのだが、私の友人のW君は朝、便所によっても出なかったので登校途中に犬のウンチをみつけ、それを学校に提出したら、後日、人には寄生することのない「寄生虫」が検査で発見されて担任から大目玉をくった。W君、最近会わないな!!!お元気かな?

2014年6月15日日曜日

ヘビを捕まえた ( Great! ! I caught a snake. )

ヘビが畑にいた。私はたしか・・・・・以前「今年は生き物を捕まえたりしない・・・」とブログで約束をしたことがある。がしかし・・・・しかし・・・・ヘビが畑にいたその時に、私はカメラを持っていなくて、仕方なく他の方法もなく、やむにやまれず捕まえて写真を撮ったと言うわけだ。アオダイショウの子供だと思うのだが、アオダイショウと言えば以前こんな事があった。
何年か前にヘビを捕まえてアクアリウムの水槽に入れておいたことがあった。その時に餌として蛙を入れるのだが、ヘビは見向きもしない。しかし、しばらくして見に行くと蛙は居なくなっているのだ。そんなことが繰り返して何日か経ったある日のこと。アクアリウムをのぞいてみるとヘビの口から蛙の足が二本出て居るではないか。丁度ヘビをアクアリウム越しに正面から見たので、ヘビと顔が合ってしまったのだが何とも無表情、少しでも「あっっ!!!見つかっちゃった!!!」てな顔をすると可愛いと思うのだが・・・。
動物が嫌いな人は多い。嫌いな動物も様々だし、その理由は人それぞれで、しかもいろいろな理由があると思うが、人間がその動物の生活を想像できない、あるいはその動物の感情が読めないと言うことがあるように思う。ヘビも嫌いな人が多い。それはひょっとすると人間と違って足や手がない、表情がない、といった「ない」ことへの畏れなのかもしれない。

2014年6月12日木曜日

一秒の長さ ( One second and one meter )

ブログにアップするのを忘れていた。

6月10日は「時の記念日」である。時の記念日に思い出したことがあるので・・・・・・。
今から何年前になるだろう??一秒の長さについて子どもと夏休みに調べたことがある。この「一秒の長さ」の「長さ」は本当に紐の長さであって、時の長さではない。

1789年「フランス革命」。フランス革命政府は、各国・各地域で異なっていた度量衡を世界統一にしようと、「メートル法」を作ることを事業として始めたのだった。
そして・・・・・・、学者が相談したのだがまとまらず、しかし最後は2つの案に絞られたのだそうだ。一つは現行の「地球の子午線の4000万分の1を1メートルとする。」という案と、もう一つは「往復一秒になる振り子の紐の長さを1メートルとする。」という案だったのだそうだ。何度も議論を戦わせたのだそうだが、決着せず結局、委員長が
「このメートル法はこれから、世界中で広めて行きたいのだから、簡単な方法ではなく、より苦労の多い、難しい方法の方が良いと思う。」という鶴の一声で測定に時間や労力のかかる今のメートル法に決定をしたのだそうだ。
「幻となった1メートル」つまり「往復すると一秒になる紐の長さ」ってどれくらいの長さだったのだろう??私はその年の夏休み、子どもと一緒に調べたのだった。

結論は「今のメートル法」の1メートルより少し短い長さであった。だから、100メートル走は今の位置よりもゴール地点が手前であり、100メートル走の世界記録はもっと速いし、もう少しで10秒の壁を破れる桐生祥秀(よしひで)選手もすでに10秒の壁を破っているかもしれない。

2014年6月7日土曜日

季節はずれのヒマワリ ( I got a sunflower. )

私の住んでいる地域も梅雨入りをしたようで、毎日雨が続いている。が・・・・雨の合間を縫って夕方散歩に出掛けた。しばらく歩いていくとビニルハウスがあったので覗いてみると、何とヒマワリの花が咲いている。驚いて「今時ヒマワリなんてめずらしいなぁ~。」と声に出して言ってしまった。通り過ぎようとすると「おい!!」と野太い声がハウスの中からしてきて・・・・。なんと無人だと思っていたハウスの中に人が居たのだ。「持ってけや。」とハウスの主人。恐縮しながらも有り難く頂いてきた。ご主人に聞いたら「早く咲かせたけりゃ、早く植えりゃ~いいんだよ。」「この秋に咲くコスモスだって今咲いてるだろうが・・・。」と咲いているコスモスも見せてくれた。

今日から玄関に飾らせて貰った。ちなみに手前にある背の小さなヒマワリが今年話題の上を向いて咲く品種のヒマワリだそうだ。

2014年6月6日金曜日

不許葷酒入山門 ( Garlic is called the "hill" in Japanese. )

ニンニク(大蒜)のことを「ひる」と、畑を貸してくれているお爺さんは呼ぶ。私は「ひる」というと「ヒル(蛭)」(湿地で足などに食いついて血を吸う動物)しか知らなくて、最初は「蒜」と「蛭」でトンチンカンな会話をしていたのだが、教えて貰って、今では私もすっかり大蒜は「ひる」と呼ぶ派になった。

さて、その「大蒜」だが、梅雨に入る前に掘って収穫しておかないと、土中で腐ってしまうので急いで収穫をした。今年はあまり大きな「大蒜」が収穫できなかったが、それでも40個くらい収穫できた。

大蒜というと私は、種田山頭火の次のようなエピソードを思い出す。、山頭火は酒癖によって身を持ち崩し、出家して得度した僧侶であり自由律俳句の俳人である。
多くの禅寺の入り口には「不許葷酒入山門」(葷酒山門に入るを許さず。」と書かれた看板が掲げられていて(葷はネギや蒜の臭い食べ物のことで酒はお酒のこと)つまり、修行寺だから酒の臭いや蒜の臭いをさせているような人は山門をくぐってはいけない。」というわけだ。しかし山頭火は「『葷酒山門を入るを許さず』と読むのではない・・・・・『許さずとも葷酒山門に入る。』と読むのだ」と言い放ち、酒の臭いをさせたまま寺に入っていったという。豪快で楽しいエピソードだ。
さてせっかくなので、山頭火の覚えている俳句を・・・・・

「うしろすがたの  しぐれてゆくか」
「どうしようのない私が  歩いている」
「焼き捨てて 日記の灰の これだけか」

2014年6月4日水曜日

W杯間近  ( World Cup of soccer begins soon. )

サッカーのワールドカップまであと2週間を切った。テレビでは沢山のサッカー特集が組まれている。一昨日はNHKの「プロフェッショナル」で本田圭佑を紹介していた。
そのNHKの新聞紹介文は次のようなもので・・・

本代表エースに密着 田圭佑500日の記録 チンコ総取材  ミラ移籍舞台裏 挫折をネに   トーニングにケニア人   W杯へ独占インタ
最初の文字をつなぎ合わせると「日本ガンバレW杯」となる折句になっていて、お堅いNHKが洒落たことをするものだと感心した。

NHKの「プロフェッショナル」は毎回、スガシカオのこんな歌詞の歌からスタートする。
「ぼくらは位置について 横一列でスタートをきった
つまずいている あいつのことを見て 本当はシメシメと思っていた 誰かを許せたり 大切な人を守れたり いまだ何一つ サマになっていやしない 相変わらず あの日のダメな ぼく・・・・・」
毎回特集される「プロフェッショナル」は自分に厳しくて驚嘆する。今回の本田圭佑選手も凄かった。
でも昨日の対コスタリカ戦、本田選手の動きは今一だったよね。(サッカーは詳しくないので自信がないけど動く総量がいつもより少なく感じた。)

他の番組で、サッカーの選手が「予選リーグ突破が目標ではなくて、あくまでも優勝。」なんていってたけど・・・・・・・・・・・。


スガシカオのテーマ曲にはこんな一節がある。
「世界中にあふれているため息と  君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ…“あと一歩だけ、前に 進もう”」
優勝なんて出来なくても、あと一歩だけ前に進めば良いのです。サッカーの全日本チームガンバレ!!!!

2014年6月3日火曜日

カタツムリの王様 ( King of the snail )

King  of  the  snail

我が家の庭でカタツムリの王様を見つけた。でかい。昔はよく見かけた種類のしかもよく見かけた大きさだが、最近はとんと・・・・・本当に見たことがない位の大きいカタツムリだ。嬉しい。私のブログのタイトルは「でんでん虫の独り言」と言うのだが、ブログのタイトルにしてからはでんでん虫が気になっていた。

ところで「でんでん虫」と言ったり「カタツムリ」と言ったり色々なのだが、どちらが正しいとか違う種類だとかではないらしい。
言葉は京都を中心に水の波紋のように広がっていくらしい。(昔の言葉)この説は柳田国男氏が見つけた法則のようなもので、同じ意味の言葉を全国で見つけ日本地図にドットしていくと、どちらが古い言葉であるかが分かる。(京都から新しい言葉が広がるから、遠い地方ほど新しい言葉が使われるのが遅れるのだ。)
まぁ、難しい話は兎に角、この「でんでん虫」我が家の庭で長生きしてして、子孫を沢山増やして欲しい。

2014年6月1日日曜日

今日から6月 ( It is June from today. ) 

今日から6月。

水無月(みなづき)とも言う。本当は何も知識がないのだが、5月(皐月)の時に書いたので、水無月の由来についても書こうと調べてみた

それによると、梅雨が明けて水が涸れてなくなる月であると解釈されることが多いが(旧暦なので)、逆に田植が終わって田んぼに水を張る必要のある月「水張月(みづはりづき)」「水月(みなづき)」であるとする説も有力である、らしい。
他に、田植という大仕事を仕終えた月「皆仕尽(みなしつき)」であるとする説もある、らしい。
水無月の「無」は「の」という意味の連体助詞「な」であり「水の月」であるとする説などもある、らしい。
梅雨時の新暦6月の異称として用いられるようになってからは、「梅雨で天の水がなくなる月」「田植で水が必要になる月」といった解釈も行われるようになった、らしい。

「らしい」「らしい」と何とも知識の少ない「私らしい」ブログに仕上がってしまった(笑)