2019年1月22日火曜日

88戦争 ( Rival store of supermarket )

丁度一年ほど前に、近所にSストアというスーパーマーケットが開店した。店のすぐ前に老舗のスーパーマーケットがあり・・・・・「どんなもんだろう??」と思っていたのだが、この店は新しい企画をたくさん用意していた。その一番の目玉は「88円均一商品」だ。色々な物が88円で買うことが出来る。最近では、近所のスーパーマーケットがどの店舗も「88円商品」を同じ日に売り出すようになってきた。(チラシのように・・・)

以前、夏休みを使って子供たちと新聞に入っている折込み「チラシ」を調べたことがあった。スーパーマーケットにインタビューして回った時に「〇✖スーパーさんがチラシを入れる日には必ず私どものスーパーもチラシを入れます。」という対抗型のスーパーマーケットもあれば「〇✖スーパーさんが入れる曜日には重複してしまうから、私どもの店はチラシを入れません。」という調和型スーパーもあった。私たち消費者は、この戦争がどんどん過激になって「66円」「55円」と安くなってくれるといいなぁと、心ひそかに願っている。

そんなチラシに惑わされて、今日もスーパーマーケットに行ってきたのだが「22日」はショートケーキ🍰の日なのだそうだ。22日はカレンダーで必ず「15日」(15⇒イチゴ)が上に乗っている位置にあるかららしい。

2019年1月19日土曜日

コンサート ( I went to the concert. )

話はとても前後する。

大学時代に音楽好きな友人N君とお昼ご飯を一緒に食べていたら、N君が「新生児のオギャーって鳴き声あれ「ラ」の音なんだよ。それからピッピッピッピーンっていう「時報」あれも「ラ」の音なんだよ。」「ラ」の音階は、ヒトの耳にとても響く音の基本なんだ。」といつものように熱っぽく話してくれたことがあった。

そして今日「なぜ『ラ』は基準音になったのか?」というコンサートが近くの市民会館で行われるのを知って、出かけて聴いてきた。コンサートは世界で活躍する調律師の村上達哉氏とピアニスト島田彩乃氏のトークセッションやピアノのミニコンサートの構成で行われた。コンサートの構成上、ピアノは河合楽器の最高級ピアノが用意され、ピアノの性能が十分に発揮できるような曲目が演目となっていた。勿論、本当にピアノのテクニックが素晴らしく、音楽に堪能できたのだが・・・・。

なぜ「ラ」は基準音になったか?という問いに対する明確な答えはなかった。(というより、今も分かっていないというのが、答えの様であった。)その中で一番有力な説は「昔の弦楽器「バイオリン」の基礎となったような楽器の一番低い音が「ラ」であったので、その「ラ」の音を基準に音階を刻むようになった。」のだそうだ。
村上氏は調律をしていて、自分の思いに近い音が出せると思わず(興奮するのかな)鼻血が出るのだそうだ。
それから、島田氏がフランスの留学してフランスの風や景色や空気に触れ一年経った頃にドビュッシーのピアノ曲を上手に弾くことが出来るようになったという話もとても心に残った。



2019年1月18日金曜日

レコードジャケット ( I made a picture frame. )

レコード盤が階段の下の倉庫の隅にあるのを見つけた。と・・・ここまで書いて分からない人もいることに気付いた。レコード盤というのは、CD以前に音楽を聴いた円形の記憶媒体だ。まあ・・・こう書いても実物を見たことがない人には分からないだろう。CDを大きくしたようなものだ。もう聞くことはないだろうから(再生する器械を処分してしまって久しい。)捨ててしまおうと思ったのだけど、結構レコードジャケットのデザインが素敵だ。そこで額縁を作って飾ったらどうかと考えて、作ってみた。今回はジャズのレコードジャケットを飾ってみた。

ジャズといえば昔ジャズに首ったけだったN君。こんな額縁だったら、作って差し上げますよ。もしレコード盤が残っていたらインテリアにどうかな?

2019年1月14日月曜日

成人 おめでとう ( Cheers to your personality! )

今日は成人の日。あちこちで、成人の日の催し物が開かれ、残念ながらどこかの会場で若者が大騒ぎしていることだろう。毎年この日にはサントリーが新聞に、昔は山口瞳氏が、山口瞳氏亡き後は、伊集院静氏が新成人に向けたメッセージを載せる。毎年、この日の文章を読むのが楽しみな私は、ブログを始めてからは毎年、この楽しさをおすそ分けしたいと考えて、ブログにアップしている。今年の伊集院静氏のメッセージは以下の通りでした。

「君の個性に乾杯」

成人おめでとう。
今日から大人?そんなことがあるわけがない。私もそうだった。正直、大人なんかになりたくないと思った。
大人って何だ?それは人生とは何だ?と同じで答えなどはないんだ。なぜ正解がないのか?それは十人の大人たちは十の違った生き方で大人になっているからだ。
面白いと思わないか?君が選択してどんな生き方をしてもいいんだぞ。そう思わないって?なぜだよ。大人って楽しそうでも、まぶしくも見えないって。ハッハハハ。
それは違う!断じて違うんだ。君の目に見えないだけだ。
そこで提案だ。君だけはつまらない大人になるナ。
ヤンチャでも、困った大人と言われてもかまわない。
君の身体の中にある夢を、情熱で、君だけの大人を獲得するんだ。その個性が活きれば、この国も、世の中ももっとまぶしくなるし、未来がひらけてくるんだ。
これだけは覚えていて欲しい。真の大人は自分だけのために生きない。お金がすべてと決して思わない。品性を得ることは人生の最高の宝物だ。いいものだぞ、品性は。
夢をかなえるには苦しい時、辛い日もあるぞ。
そんな時はどこかで一緒に一杯やろう。君に乾杯!
伊集院静



2019年1月13日日曜日

人参の種まき ( It is better to sow the carrot seed early. )

寒い。毎日寒い。寒いのが苦手な私は毎日憂鬱だ。畑の仕事も収穫をすること以外にあまりない。が・・・・・以前、こんな時に足繁く通う園芸店の店主に「今時、種まきをするような作物はありませんか?」とお聞きしたら「この地域では、ビニルで覆いをしてあげたら何でも育ちますよ。」と教えてくれた。そして「なるべく根っこを食べる作物がいい。葉物はすぐに収穫できるから春先になってから種まきをすればいいけど、根菜は葉が育った後で根が育つから時間がかかる。だから今のうちに種まきをしてビニルで覆いをしておくといい。」とアドバイスしてくれたのだった。それ以来、私は冬のこの時期になると、ニンジンの種まきをするようにしている。正確に言うと、そのアドバイスは忘れられてしまっているので「やることないなぁ~」と感じたら、そのアドバイスを思い出して、ニンジンの種まきをしている。今日、思い出してニンジンを種を蒔いた。

2019年1月10日木曜日

七草がゆⅡ( I made it with five kinds of herbs Ⅱ. )

前回の「七草がゆ」の記事に、私のブログをよく読んでくださるKさんがFacebookを通じて返事をくださった。
今、野辺で七草を集めるのは大変じゃないですか?中にはまだロゼッタ状態のもありますから。七草は旧暦の1月7日ですから、今の暦に直せば少なくても1ヶ月ほど後ですね。その頃なら食べれる七草が出ているかもしれませんが、いつから新暦で七草をやるようになったんだろう?第一、雪国ではどうしてるのだろう?なんて、七草になるといつも不思議に思います。


確かに!!!!と思って調べるてみると、(ウィキペディア「七草がゆ」の項目)各地域でそれぞれの特徴ある素材を使って地域独自の「七草がゆ」を作っているようだ。
「干瓢」(かんぴょう)や豆腐、油揚げやジャガイモ、蒲鉾を入れる地域もあるみたいだ。いずれにしても、今はスーパーにハウスで栽培された「春の七草」が販売されている。でも日本国中スーパーにあるから同じ材料で同じ「七草がゆ」を食べるよりも、各地域や各家庭やそれぞれの「我が地域の」「我が家の」七草がゆを楽しむのがいいなぁ~~~と思った。

2019年1月8日火曜日

七草がゆ ( I made it with five kinds of herbs. )

1月7日に「七草がゆ」を食べるのがしきたりのようだ。 「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ」一生懸命覚えた春の七草の名前だ。ゴギョウはハハコグサ、ハコベラはハコベ、スズナはかぶ、スズシロは大根のことなのだそうだ。この七草をおかゆにして1月7日に食べる七草がゆの習慣は、江戸時代に広まったのだそうだ。
いつの時代も、年頭にあたって豊年を祈願し、「今年も家族みんなが元気で暮らせますように」と願いながらおかゆをいただく。七草は、早春にいち早く芽吹くから邪気を払うと考えられ、無病息災を祈って七草がゆを食べることになったらしい。
七草はいわば日本のハーブ、そのハーブを胃腸に負担がかからないおかゆで食べて、正月疲れが出はじめた胃腸の回復にしたようだ。あっさりと仕上げたおかゆは、少し濃い味のおせち料理が続いたあとで、とても新鮮な味わいにも感じる。我が家では1月7日に、畑にある「大根、カブ、パクチー、ルッコラ、春菊」の5草がゆでいただいた。

2019年1月7日月曜日

学校がスタート ( First Writing of the year )

学校がスタートした。3学期制の時なら「3学期がスタートした。」と表現すれば良いのだが、今は2学期制なので、後期の途中正月休みが終えて学校が再開した・・・・・とでも言ったらいいのだろうか?いずれにしても子供たちが通学路を元気に歩く姿はいいものだ。

私たちが小さい頃は(今の子供たちもやるらしい。)この時期になると「校内書初めコンクール」なるものがあって、教室や体育館に学年のみんなが集まって、書初めをしたものだった。上の3文字は上手く書けたけど、下の字が失敗したり、名前を書いたらにじんでしまった・・・・とかあまりいい思い出はない。(最も「個性的な字ですね。」としか褒められたことがないのだから仕方ない事だけど・・・・)

中学校に行ったら校内書初め大会はなく、冬休みの宿題で書いたものを学校に持っていき、教室に展示して、放課後に先生が審査する、というやり方だった。クリスマス、正月と散々遊んでしまった中学3年生の時には、前日にW君の家に行き、名前の書いてない「書初め作品」を貰ってきて名前を書いて提出したことがあった。これがなんと「銀賞」だったのだ。困ったことに僕に作品を提供してくれたW君は「銅賞」(ラベルは赤)だったのだ。恥ずかしい中学時代の思い出だ。

2019年1月3日木曜日

寺報 ( Do you know this story? )

今までお寺から送ってくる「寺報」というものに目を通すことがなかったのだが、「年回表」というものが載っていて、今年一年の行事が掲載されているので読んでみた。巻頭に住職の「新年のあいさつ」があったので紹介して、新年のブログとしたい。

「ある経典にこんな話が載っている。インドにAさんという目の不自由な人がいました。ある日AさんがBさんと尋ねます。帰ろうとすると外は真っ暗になっています。あわてて帰ろうとするAさんにBさんは「夜道は危ないから。」と提灯を持たそうとします。するとAさんは「悪い冗談はやめてくれ。目の不自由な私に提灯が必要なわけがない。」と怒り出します。するとBさんは「でも、あなたが要らなくても、相手の人がぶつかってくると危ない、だから持っていきなさい。」というBさんの言葉に納得して、提灯を持って帰ったという話です。」
「この世の中には自分にとって不要な物でも相手には必要な物があります。品物だけでなく笑顔もそうです。自分が病気で寝ていたら笑顔になる心理状態ではありません、でも自分を見舞ってくれる友人には笑顔でいることは必要だったりします。病人が笑顔だったら、周りの人が救われます。また笑顔の努力が自分の心を引き立ててくれることもあるかもしれません・・・・。」

そんな新年の挨拶でした。相手の気持ちになって考える、笑顔を忘れない一年にしたい。